変な題名だと思っただろうか?
先日、七夕を前にしてのことである。お仕事を手伝わさせていただいているデイサービスの施設にて、恒例の短冊の願い事を書いたそうだ。
そのひとつがこれである。(なんと秀逸、かつ強烈な!)
多くを語る必要はあるまい。寝たきりになり、長い無為な時間をベッド上で過ごすより、ある日突然、逝ってしまった方がどれだけいいか・・・。
そして、これをご覧になった別の利用者さんがぼそっとつぶやいた。
「自分一人だけの問題じゃないからね・・・」
そうなのである。のこされた家族への世話、思い、諸々のしがらみは生きていればこそ計り知れない。よく生きることと同時に、死ぬ時のことまでが心配の種になるとは、この国、この世はなんと世知辛いものだろうか。
「早くよくなりたい」「手足が動きますように」「旅行に行けますように」。そういうものも勿論大切であるし、それらを否定するものではない。しかし、この「ピンコロ」の願い事には高齢者の行き場のない、切実な願望が込められているようで、深く考えさせられる言葉であった。




今日 リハビリを担当した人もそのような事を言ってました。
生き方と同じくらい人生の最後は大事かもしれません
ただなんとなくこのての話を避けていますが
よく考えてみる事は大事でしょうね
でも、こういうのは意外とお年寄りの方は気持ちのどこかにあると思うんです。
それが目に見える形になったのが今回のケース。
思うに、この国は、後期高齢者医療にしても、介護の問題や看取りの問題にしても、実に暮らしにくい国ですね。
お年寄りが暮らしやすい社会になるように、今から来年の短冊を用意しましょうか・・・。
テレビで何度か聞いたことのある言葉です。
お年寄りもそうですが、単身の障害者にとっても生き方は悩み多いものかと思われます。
生きている(やりたい事が出来る)うちに自分の欲求のままに趣味などにお金をつぎ込むのか、それとも先の見えない将来のために無駄遣いを慎むのか。。。
単身の障害者であっても、同居していないとはいえ、家族はいることも多いわけですし、関わりを持っている知人・友人はいますよね。
自分が全く動けない寝たきりになったり重度の要介護状態になったときにそういう方々との関わりを考えると気持ちが滅入ることでしょう。
この世は、特に日本では、ビジネスライクになんでもやって貰うというわけには行きませんし、
他人に迷惑をかけることへの辛い思いは慮らないといけませんね。
そういうことを理解できる医療職でありたいものです。