2013年04月01日

震災の復興について思う。

IMG_2247.JPG
 2013年3月9日・10日と友人と宮城に出かけた。復興支援と言うにはおこがましいが、この眼で被災地を見ておきたい、という思いと、2年経っても復興について拭えない違和感に突き動かされた格好である。
 津波の被害を受けた雄勝小学校や74名もの児童が犠牲となった大川小学校の現場に立つと、言葉にならない思いがこみ上げてきた。そして、この一枚の写真である。これは、大川小学校近くの取り壊しが決まり、最期の公開となっていた大川中学校の昇降口横の壁の様子である。外れかかった時計が、津波到達時刻で止まっているのが見て取れる。被災者・遺族はこの時計のように時が止まってしまっているのだろうか。まだまだ復興なんて口に出すのは早すぎるのであろう・・・。遺族の悲しみを思うと2年なんてほんの一瞬でしかないのかもしれない。この中学校は取り壊され、この光景もなくなってしまうのであるが、代わりに我々の心に刻み、いつまでも忘れずにいなければ、と思った。そして遺族をはじめ、被災された方々が少しでも馴致されることを願ってやまない。
 ところで、理学療法として地域を考える時に、このように対象者の思いに寄り添い、慮ることが大切であろう。それには、やはりこのように遠くから眺めているのでなく、現場に足を運ぶことが大切と思う。事件は会議室で起こっているのではないのだから・・・。
posted by pt_onuki at 04:21| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 地域理学療法学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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