2013年05月01日

つぶやき#111 味のあるPT

 プランタの植物に肥料を与えるのは、それが弱り始めてからでは遅い、一番勢いのあるときに肥料が必要だ、とよく言われる。これは人造りや組織作りにも言えることである。更に言えば、草花や動物を可愛がり慈しむことのできないものに、治療方針、ましてやリハビリテーションのことを語られても、響かないものである。リハビリテーションは機微の心やそれを感じ取る感性がなければいけないと思うが、最近は意外とこれが蔑ろにされている気がする。
 話が変わるが、現在、世界的に仕事がなくなっていくといわれている。機械化可能な仕事から徐々になくなって行くであろうし、事務作業やドライバーなどが真っ先にその対象となって行くであろう。然るに、こういう詫び寂びの感性を大切にしている、というか、それらが必要な職業は機械化が難しく、仕事がなくなるのも一番最後になると考えられる。だから医療・介護・福祉の仕事は、今しばらくは大丈夫かも知れない。しかし、現在問題となっているような治療マシン・お世話マシンのような理学療法士が増えていくようなら、すぐに機械化の波に飲まれて生き残ることは難しいように思う。人生の機微のわかる、味のある理学療法士になりたいし、そういう理学療法士を育てたいものである。
posted by pt_onuki at 05:11| 千葉 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
結局最後は人間性ですかね。
相手とのたわいのない話ができるとか。
Posted by どるねろ at 2013年05月01日 20:16
たわいのない話ができるかはさておいて、人間性は大切です。相手が生身の人間であり、こころがあるわけですから。それに、技術は後からついてきますけど、こころはそうはいきませんからね。
Posted by おぬき at 2013年05月02日 05:54
うおおお。PTの世界を引っ張ってるのは40,50代以上のおっさんたちなんだから。
おっさんたちもっとしっかりしてくれよ〜。・゜・(/Д`)・゜・。
おっさんたちがふらふらしてっからだめなんだよ〜(´Д`)

でも実はEvidenceに習うと、多分40,50代のおっさんたちが信じてやってきた「理学療法」の殆どの理論が根幹から崩れる。
だからからこそ、Evidenceを利用できないという事もあるんだろうなぁと思っている。培ったものを一度全て、まっさらに戻す勇気が必要なんだろうなぁ。

Beyond the evidence beside the patient.
良い言葉ですねぇ。でも、私が言うなら、
Evidence always stand by patient.
... にしたいなぁ。

William Osler風にいうと理学療法の世界のScienceとArtですが、
Scienceというにも、Artというにも、自己満足過ぎるのが理学療法の世界なんでしょうね。

            弘前大 いとうちあき
Posted by at 2013年05月29日 13:56
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