2014年02月01日

つぶやき#119 年頭所感2

 さて先月は年頭所感として私の個人的な目標を挙げさせていただいた。今回は、昨年から今年にかけて特に強く感じていることについて二つほど述べていきたい。
 一つ目は、昨年夏2020年の五輪が東京に決定したのはつぶやき#115に書いたとおりである。これをもう少し突き詰めて考えると、全世界から五輪を観に訪れる様々な国のお客様をおもてなしをするのなら障害者や高齢者などに対しての交通アクセスの改善が急務である。さらには交通アクセスの問題にとどまらず、都市環境の整備が何よりも大切であろう。
 この国は、2025年には団塊の世代の後期高齢者への突入によって、75歳以上の人口は日本の全人口の20%にまで達するようになる。これからアジア諸国も同じように急激な高齢化に見舞われることを考えれば、今の日本は世界に先駆けたよい手本となるべき立場にいると言っていいであろう。来たるべき成熟社会に向けて、高齢者や障害者など社会的弱者に優しい繊細な環境作りが彼らへの福祉の実現にとどまらず世界を牽引するのである。2020年東京五輪がその格好のお披露目となれるよう今から準備が必要であり、国家一丸となって国策としてそのような環境整備に力を入れることが、これからの国際社会への日本の役割、ひいては国家経済の進むべき道ではないだろうか。
 さて二つ目であるが、その頃の人々の生き方は、おそらく定年制の廃止もしくはさらなる延長で、元気な高齢者は70-80歳になっても現役でばりばり働いているものも多いのではないだろうか。そうなると、すでに現在でも定年まで勤め上げるという意識は薄れているが、それにも増して人生二毛作というか、長い労働人生を充実させるためには、キャリアアップで人生の中で大きく働き方をチェンジしていく生き方が当たり前となるであろう。また子育ての意識や家庭のあり方なども今よりも家族がより緊密に協力が必要な時代になることであろう。皮肉なことであるが、家族の協力が得にくい社会情勢に応えるために作られた介護保険が、その後の社会の変化で家族の協力なしには家族の絆が維持できない時代を作り出すとはなんと因果なことであろう。それとも、そこからこぼれ落ちるように家族そのものの価値観が変質し、未来はもっと歪な家族観に覆われているのであろうか。
 これらの傍観者でなく、自分もその中に身を置く一人として当事者意識を強く持って生きたいと思う。2050年は無理としても2025年は意外とすぐそこである。
posted by pt_onuki at 05:58| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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