2016年11月01日

人口密度の憂鬱

 この浜松の地に着任して三年以上が経った。地域理学療法を考える時に、その地域の人口密度について考えることがある。今回はそんな話である。
 私の実家は茨城県の取手市にある。人口が10万人の首都圏のベッドタウンであり、常磐線快速電車の始発駅という利便性が人口減社会を食い止めているように見えるが、私が子供の頃に比べると駅前の商店街が少しずつシャッター街になってきているような土地である。一方こちら浜松市は言わずと知れた人口80万の政令指定都市であり、多くの自動車や楽器のメーカー・工場があり、農林業や観光も盛んな活気あふれる土地である。両方に住んで比較して実感したことであるが、スーパーやコンビニの数が明らかに違うんだよね。一般的にコンビニは徒歩10分圏内に1店舗建てるようなマーケティングで立地を決めると思うのだが、取手の方は歩いて10分圏内に5カ所もスーパーやコンビニがあるのにこちら浜松の私の住む宿舎のある中区でも徒歩10分圏内にコンビニはない。20分歩いてやっと1軒あるくらいである。土地の広さが全然違うので単純に比較はできないのであるが、これが首都圏と地方の現実というところであろうか。さらに追い打ちをかけるように、この4月から路線バスのダイヤ改正で不採算路線は縮小傾向であり、ますます利便性低下が際だってきている。
 さて実は話はここからなのであるが、私は自動車の運転ができない。また仕事の性格上、朝が早く帰りも遅く、生活する上で日用品や食材の買い物はコンビニ頼みである。従って、この現在の環境はまさにこれからの高齢社会・人口減社会における利便性の低下を肌で感じるような環境といえる。もちろん、この不便な状況に対して愚痴を言いたいというわけではない。そうではなく、この不便な中で遠いコンビニに買い物に出かけたり、夜遅く出歩かずに朝早起きして用事を済ませたり、休日に買い物などを有効に済ませたり工夫することで充実した生活を送ることは可能であり、また逆にその方が自分の心身の健康によいことに図らずも気づいたわけである。実際、この土地では朝早くからウォーキングをしているお年寄りが非常に多く、またその姿も若々しく生き生きとしており、何もかもが便利な社会が全てよいわけではないことを実感させられる。
 これからこの国はますます高齢者が増え、巷にお年寄りがあふれる国になるであろう。交通事故などを考えると高齢者の自動車運転もいずれ厳しい規制などが入るようになり、私と同じような生活を余儀なくされるものは大勢出てくるであろう。ただそれを悲観的に考えるのでなく、その方が体力作り・認知症予防に効果的であるととらえることが大切であり、それこそが次の時代の新しい生き方につながるように思うのである。
posted by pt_onuki at 04:47| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 地域理学療法学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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