2017年02月01日

つぶやき#147 「いいね」の原点

 言わずとしれたFacebookでは相手の考えや意見に共感する場合「いいね」ボタンを押す。最近はこれがさらに複雑になり、「すごいね」「受けるね」「悲しいね」「ひどいね」などのバリエーションがあるが、とどのつまりはこの「共感するね」にあると思う。
 この「いいね」と共感を示すことで相手との親密度を増し、相手との関係性を高めることが出来る。SNSというのはこうしてコミュニケーションを深めていくツールなのだから当然である。しかし日本での使われ方はどうであろうか。
 「いいね」は積極的に押していく人ももちろんいるが、いいねを押さずにコメント欄に共感の言葉を書き込む人や、今流行りのスタンプをコメント欄に押していく人もいるようである。この辺りが外国人と違っているように見受けられるがどうであろう。
 このことはいい意味では「連帯感」や「共同体意識」を育むことになるが、そこでの共感のあり方によっては「全体主義」に通ずる危険を孕んでいるように思う。特に最近は、社会における不寛容が進み、ちょっとしたことで負の態度が巷に溢れている。これらが高じて、まずい方向へ行かないか、また国家がそれを上手く利用してポピュリズムに陥らないか危惧されるように思う。
 そもそもSNSは文通と同じではないだろうか。面と向かって話をすることに比べおおいに誤解が生まれやすいし、文学作品のようにあえて曖昧にする場合はともかく、きちんと意見を伝えるという意味では対面より劣ると言うことを常に意識していなくてはならない。
 たかが「いいね」だがされど「いいね」なのである。皆さん、相手の考えをよく読んで理解した上で反応しましょうね。
posted by pt_onuki at 03:43| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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