2017年06月01日

つぶやき#151 臨終

 親の死に目に会えない、というのは大変な親不孝のように思われていると思う。しかし実際は仕事の関係などでそのようなことは今は珍しいことではない。だからこそ、臨終の時は一緒にいてあげたいと思うのかもしれないが、すでにその時は亡くなる人は意識がない可能性が高いわけで、それだったら亡くなる少し前、まだ会話などができるうちに挨拶などを交わしておきたいものである。
 自分の場合、母と離婚した父親がまさにそうだった。今にして思えば、あの時に会うように勧めてくれた親戚には(その叔母ももういないが)感謝しかない。おかげで自分の生き方に一つの指針が芽生えた気がする。
 人の生死は良き教訓となり、また良い人生のお手本となり得ると思う。ドライな言い方であるが、配偶者とは赤の他人であり血がつながっているわけではないが、親子は血のつながりがあるのである。そこに良くも悪くもしがらみが生まれる。地域リハビリテーションを考える時に、家族の中にそういうしがらみがあることを意識しなければいけない。家族の間で起きる論理的でない出来事も意外とそういうしがらみが基になっていることが多いものである。
 しかし、話を元に戻すが自分が死ぬ時はそんな格好の悪いところなどはあまり他人には見せたくないな。一人でこっそりと死んでいく方がいいなんて思っている今日この頃である。
posted by pt_onuki at 02:48| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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